短編小説

「マッサージ療法士ロマン・バーマン」デイヴィッド・ベズモーズギス

堀江敏幸編集の「記憶に残っていること」の冒頭にある短編。 カナダへ移住したロシア系ユダヤ人一家が、新しい地で生活を築いていく姿を描く連作短編集「ナターシャ」から採られている。 苦労して50歳を過ぎてマッサージ治療院を開いた父の客集めに、子供…

「地球防衛軍」

「地球防衛軍」ディック 「永久戦争」所収 浅倉久志訳冷戦時代が作り出したシニカルな短篇。 いま読むと、米国とソ連が和平を結べば地球は平和になり、人類は進歩するはずといった理屈が浅はかに見えてしまうほど、その後の世界の動きが後退し続けている印象…

「防空壕」

「防空壕」江戸川乱歩 「戦争中に夜間空襲を受けた体験を描いて、意外な結末をつけたもの。B29の空襲を恐怖するよりは、夜の大空の美しさにうたれたことを書いたものである」江戸川乱歩推理小説だからか、自らの作風に擬えたからなのか、斜に構えた空襲の…

「海の御墓」曽野綾子

英国貴族に仕える執事の物語を書いたカズオ・イシグロを遡ること半世紀前に、日本の戦争の中に没していった英国貴族を描いた短編。 なぜ日本人はかくも幼稚になったのかと嘆く評論家が登場するのも頷かれるほど、かつての日本の貴族にもそして英国貴族にも …

「メイド・イン・ジャパン」城山三郎

戦後、日本製品の評価が低い頃の話である。 いまは日本製は高過ぎて買い手がなくなっている時代から見ると、既に先史時代の美談として読んでしまう。 この頃はまだ企業戦士などという匿名性もなく、個人の苦労が身に染みて堪えてくる。 いつの時代でも個人に…

「海鳴り」有吉佐和子

女性編集者が元蔵相の老人のもとへ原稿を取りに行く。 東京から電車で2時間余りのとある海辺の町で歓待を受けるが、女性は執拗にその老人から今後も会いに来てほしい迫られる。 若い女性の葛藤と老人の孤独を対比的に描いている。

「庭の経験」マリーナ・ヴィシネヴェツカヤ 沼野恭子訳 ロシアのダーチャ(別荘)で四歳の子供を預かって過ごす女性が、生き生きとした郊外の自然と子供の息遣いを、 ため息のように張りつめて描かれた掌編。マリーナ・ヴィシネヴェツカヤ(Marina Vishnevet…

「青瓢箪」宮崎誉子 「派遣社員はビニール傘?」という非常に寂しい言葉に象徴される短編。 派遣社員の日常が女性の視線で淡々と語られる。 その視線の延長にニートの兄がいる。 わざわざ小説で読まなくとも、日本のあちこちで起きている光景なのだろう。 そ…

「ゴミ屋敷」中村文則 妻を失ってから自分の家をオブジェのように破壊していく男。 その男を見舞おうとする弟、そして雇われた若い家政婦の退屈。 青林堂の変なマンガのような一編。世界の果て作者: 中村文則出版社/メーカー: 文藝春秋発売日: 2009/05/14メ…

「赤いパンツ」近藤啓太郎 房総半島の漁村で競われる漁と男女の話。 なんとなくNHKを思わせるような退屈な展開なのだが、突然に漁村版「黄色いハンカチ」になったりする。なんでも1959年に映画化もされている模様。 「風のうちそと」を撮った岩間鶴夫が監督…

「セミラミスの園」三浦朱門「バビロンの王宮には、セミラミスの園と呼ばれる庭園があった。」 冒頭のアラビアチックな物語の始まりのままの展開が続く、幻想小説である。 いまこういう作品を書くと全く売れないだろうと思う。 まるで同人誌に載るような作品…

「柳の木の下で」アンデルセン 昔話のように遠い時代は、デンマークの恋愛物語。 とはいってもそこはアンデルセン。 とってもいじわるな話で、孤独のうちに死んでいく主人公になんの救いもない。 怖いなあ。アンデルセンは。

「燃ゆる頬」堀辰雄 ふうん。堀辰雄という作家はこういうボーイズラブを書く人であったのか。 昭和7年に書かれた短編らしい。 いわゆる戦前期の昭和であるのだが、なんとなく大正っぽい。 大正ぽいのかどうかわからないけれど、なぜか鈴木いづみを思い出した…

「眼の皮膚」井上光晴 なんとなく日常のある家庭を描いているようで、その空気がぜんぜん違う。 日本的な内向きに引っ込んだ光景に流れず、どこかほかの国の空気と通じている感じがする。 そこには海がなく、国境があり、そのまま陸地伝いにどこか余所の国の…

「完全な遊戯」石原慎太郎 雨が降る夜中のドライブ中、バス亭に立っている女を主人公と友人が、駅まで送ると騙し拉致し、監禁・拘束し輪姦を続ける。 あからさまな酷い小説であり、作者が都政を司っている間、この小説と似たような残虐性だけで行われたよう…

「返照」小島信夫 初めてこの作家を読んだが、テーマのせいか太宰治とよく似ている。 時代が違うだけで、生活に困ったことがないような人間が書くような内容でもある。 伝統的な私小説のテーマやら作法が綴られているように見えるが、1960年代の空気そのもの…