「あの頃、君を追いかけた」九把刀

「あの頃、君を追いかけた」九把刀

台湾作家の自伝のような青春小説。
よくある悪ガキたちの青春ものではなく、普通というより、優等生たちの恋物語といったふう。
中学から高校まで一緒だった主人公とその友人たち、そして彼等は共通の恋敵。
その恋の相手は学校一の秀才の少女であり、いわゆるマドンナといっていい存在。
そのマドンナから刺激を受けて、幼稚な主人公が猛勉強をしはじめて、彼の友人を巻き込んでいく。
いや台湾という先進国ではこうした勉強に明け暮れる青春が当たり前なのかもしれない。
なので、青春ものによくあるバイオレンスやバーバリックでビーストといったBなものはほとんどなく、
エキセントリックでエモーショナルなエティクスといったE的なトリガーが中心となっている。
なので恋物語はそうした内向的な話で展開していくのだけれど、それが現代的なのだろう。
この心地よく読んでられる安心感というのは、どこかに既視感がある。
それは「うる星やつら」のラムとあたるとのその友人たちの構図とよく似ている。
主人公とその友人たちはみんな、ラムが好きであり、エピソードは常にその恋愛感情に突き動かされている。
この台湾の若者たちがそれとかぶって映るのは偶然ではないような気がする。
この小説には日本のマンガのフレーズが数多く引用されている。
恋愛感情の土台、琴線に触れるものが台湾でも共有されているのだと思う。
それは押井守新海誠といった映画人がつくる光景とよく似たものなのだろう、と想像する。

 

『巨匠とマルガリータ』ブルガーコフ

巨匠とマルガリータブルガーコフ

ブルガーコフの代表作。1928年に書き始め、ソビエト政府の弾圧の時代に1930年に原稿を燃やした後に、記憶によってまた書き直したという。
このエピソードから推測されるような物語の展開もみられる。
とにかく冗長な小説で、はじめのうちはなにがなんだかわからないが、その混沌とした魅力から読み続けないといけないようなオーラにあふれている。
一体全体もの小説はなんなのか、よくわからないが、その印象から呼び出されるのは、ヘンリー・ダーガーだ。
このアメリカの引きこもりのような画家が、誰に見せることもなく、1万5000ページもの作品を描き続けたことに近い小説なのではないか。
ピラトの伝記を書いた巨匠とその恋人マルガリータの悪魔と契約したかのような「ファウスト」的な物語展開は、あまりにも紆余曲折しすぎで、ぐちゃぐちゃな展開な小説だ。
終わり近くに、話を大団円的に収束させていくが、それさえも冗長で、話の筋があちこちに飛びすぎていて、よくつかめない。
この苦渋さが共産政府を批判しているようでもないのだが、当時のソ連文壇に認められなかったのだろうと思う。
どのような評価を下すかは、あまりにも個人的な思惟では無理がありすぎる。
初期のピンチョンのような困難さと似ている。
ソ連アウトサイダーな小説として、どのように評価されているのか、知りたいところではあるけれど、ブルガーコフに関する日本語情報はかなり少ない。
まあ、この大部な小説を解読するのは半端なことではないし、まずもってなにが魅力で読み進めてしまうのか。
やはり「ファウスト」的な魅力なのだが、その外れっぷりが半端でないところをどのように解読すればよいのか。
いやはや、面白いけど、なんだかごちゃごちゃし過ぎて、カオスなまま読み終えたという読後感しか残っていないわな。

『一私小説書きの日乗』西村賢太

『一私小説書きの日乗』(文藝春秋2013年2月、2014年 角川文庫)

西村賢太が2月5日に死去。54歳。タクシー乗車中に意識を失ったらしい。

この人の小説は読んだことはないが、「本の雑誌」に連載していた日乗はなぜか面白くて読んでいた。ただの大酒飲みなのだが、その独語によくわからない魅力がある。

この一番最初であろう、文藝春秋版もその悪口やら行動と、宝焼酎とそのつまみを並べている光景が楽しかった。

合掌。

「九十九階」呉明益

「九十九階」呉明益

魔術というイメージが各短編を通底している。

「十歳の子供がどこかに消えたまま、三ヶ月も見つからなかったなんて・・・」

どこかに消えてしまった少年とその友人が成人してからの対話。

とても現代的な「ささやかな自分たちの時間」を描いた小説であり、自分を身近において読むことができる。

そのテイストは今風のおとぎ話といってもよいかもしれない。

 

「ギター弾きの恋」呉明益

「ギター弾きの恋」呉明益

あわやかというか、とても青い恋物語

「日本の読者には「昭和」を思い出させるような台湾らしい生活感と懐かしさが全篇に漂う。」と紹介されているが、これは確かに昭和の恋物語のようでもある。

まだ自分たちの生活圏が「街」や「町」にあった時代に起こり得た話だと思う。

貧しいという状態が物語の背景を作り込む。

 

「邪神の神」高木彬光

「邪神の神」高木彬光を読む。

1956年に発表したクトゥルー神話もの。

ラブクラフトがはじめて訳されたのが1955年なので、日本ではじめてのクトゥルー神話作品のようだ。

名探偵・神津恭介が邪教の像をめぐって、推理劇を繰り広げる。

ホラーではあるが、変格ものに近い。

神津恭介は昔、「成吉思汗の秘密」を読んで以来なので懐かしい。

高木彬光というか、神津恭介ものをもう少し読みたくなった。