2012年11月に読んだ本。

  1. 「河岸忘日抄」堀江敏幸

フランスのどこかの河岸に係留した船を仮住まいとした著者らしき日本人があれこれと日常のささいな出来事を綴る、静かな随筆風の長編小説。
クロフツの探偵小説をなぞらえ、借りている船の大家の謎を巡りつつ、人の世の浮薄を、あるいは主人公の日本からの剥落を、静かな川面に浮かぶ波紋のように澱みなく描いた心沈まりゆく小説。

淡白で静かな日常を描く私小説は増えているけれども、まるで二十世紀の遺物のように佇んでいる映画館の隣にある駄菓子屋のような味をもっている堀江敏幸の文章は貴重で、今世紀最後の文学者と言っても大袈裟ではない気がする。
それほどまでにお気に入りの作家なので、いろいろエッセイなども好んで読んでいるけれども、小説世界はまた微妙な虚構性が垣間見えて楽しい。
あざとい、という言葉の周りをくるくる回りながら、浮き船のような主人公の心を自然に物語としてなぞらえようとする意識の流れがぎこちなさそうでいて、濁った川面を覗いて奥底にある異物を見つけようとする物語の流れがひどく気になってきて、それがさも世界の大事な出来事のように浮かんでくるところが、前世紀という言葉を使いたくなる由縁かも知れない。

▲読了 1/31(年間累計)

河岸忘日抄 (新潮文庫)

河岸忘日抄 (新潮文庫)