坑夫

『坑夫』夏目漱石

漱石のもとに「自分の身の上にこういう材料があるが小説に書いて下さらんか。その報酬を頂いて実は信州へ行きたいのです」という話を持ちかける出来事が、この小説の発端とされている。
漱石には珍しい、実在の人物の経験を素材としたルポルタージュ的な作品。
明治の頃の貧窮な地方の鉱山労働者の現実が漱石の緻密な文章から甦ってくる。
本当に貧しかった頃の日本が垣間見えるのと、いわゆる当時のインテリと下層階級の軋轢もよく現されている。
こういった作品は夢野久作の小説などで描かれているが、夢野のような大げさな表現から遠く離れた客観的な筆致に相当な現実を感じられる。
ただ鉱山町の飯場の異様な光景はなくなったわけではなく、ブラック企業による過重労働・違法労働による搾取というかたちでいまも存在している。
そうした歴史的な移り変わりと、目に見えない変わらぬものの桎梏が心に残る隠れた名作だと思う。

坑夫 (新潮文庫)

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