「雨の日はソファで散歩」種村季弘

種村さんは、江戸から続く昔ながらの市井の学者のひとりだ。
昔は、異端の文学や芸術あるいは民俗を丹念に綴ったエッセイをマイナーな雑誌に書いていた人だ。
そんな異世界な人だったが、ドイツ語の雇われ講師を転々としていたりもしたようで、このエッセイはそんな不思議な種村さんの老境を語っている最後のエッセイ集だ。

ときには難しい芸術論も書く市井の学者が書くエッセイはとても読みやすく、奥が深い。

この最後の本は四部構成になっている。
「西日の徘徊老人篇」は、西に東に、酒を飲んだり、温泉に浸かったりする日々が語られる。
また「幻の豆腐を思う篇」は、種村さんがこよなく愛する、本物の豆腐を求め歩く回想が続く。
この本のタイトルになっている「雨の日はソファで散歩篇」は、種村さんのこれまで蓄えられてきた膨大な知識と、足で歩いて得た経験がみごとに、豊穣な文章として表出されている、極上の文章。
この味は歴史に残る随筆のひとつとして残っていくものだと思う。

最後の「聞き書き篇」は、おそらくもう書くことができなくなりつつあった種村さんの想いをうまく引き出したもの。
本人の酒豪遍歴を語りながら昭和の歴史と交差していく「焼け跡酒豪伝」は、貴重な語り話だ。

日本の読書界は大きな人を亡くしたと思う。
こんな飄々としたおじさんに一度会ってみたかったと思う。

雨の日はソファで散歩 (ちくま文庫)

雨の日はソファで散歩 (ちくま文庫)