聖ヴィーナスの夕べ

The EVE of Saint VENUS
鈴木健三訳
アントニイ・バージェス選集・5
早川書房
【紹介文】
結婚式前夜の貴族の館。
ヴィーナス像を相手に指輪交換の予行演習をしていた花婿は、石像の手がゆっくりと、猥雑な招きかけのように、閉じていくのを見てびっくり仰天した!
そしてその晩、彼のベッドに現れたのは・・・
英国伝統笑劇の牧歌的ユーモアを現代に甦らせる、異色の諷刺コメディ。

【感想】
ストーリーからすると怪奇ものだが、まったく違って、コメディタッチではある。
しかしバタバタというわけではなく、あまりにも知的でいまの感覚からすると読みづらい。
ギリシャやラテンへの強い憧憬が明らさまに展開されていて、それへの知識の幅も半端ではなく、よくわからないユーモアも多い。
〈わたしが現実だ。すべての希望を捨てよ。ヌプルスウルトラ(不可越境)〉
これはダンテか?それともシェークスピア
シェークスピアの時代のような西洋古典の世界に囲まれた主人公たちの振る舞いも鷹揚である。
読んだことがないのでわからないが、「ヴィーナスとアドニース」を下敷きにしているのかもしれない。
そうした雰囲気のなかに描かれる石像の怪奇と花嫁と主人公の痴話喧嘩があまりに演劇的なのは、大昔のイタリア映画を見ているようでもある。
「未来は過去に食い込んでいるのだ」という主人公の言葉は、地中海の趨勢な時代への憧れと教養の堆積に満ちている。