行人

「行人」夏目漱石

兄弟である弟を語り手に、孤独に生きる兄を描く家族小説。
妻を信じることもできず、妻の愛情を弟に確かめさせるような行動にも出る兄。
高等遊民という言葉でも語られてきた後期三部作であり、「塵労」という仏教用語を使い、厭世的な世界観が見える小説。
この「塵労」という言葉は、世の中における煩わしい苦労を指していて、この兄はそうした俗世間から隔たりたいという雰囲気を持っている。
宗教に疎い私などにとっては、煩悩のなかで心地よく生きていくことだけが、正しい大人という世界観しかない。
その地点からみると、意味不明な苦労なのである。
悩みという共通感覚からすれば、出社拒否や不登校、無気力といった現在のマイナス行動に近く思える。
出家したいが出家などできない、という感覚は様々な日本的社会規範や世間的な風評にがんじ搦めになってしまって、そこから抜け出せない私たちと似ているのではないか。
この小説も「彼岸過迄」と同様、物語りに終わりはなく、ぷつんと切れる。
その行方は読者に委ねられるかのようである。
いまのサービス精神旺盛な小説からみたら、明治の頑固なじいさんそのものである。

行人 (新潮文庫)

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